2011年2月27日

『ウィキリークス WikiLeaks アサンジの戦争』を読んで


ウィキリークス関連本がたくさん出ているようです。
メディア、ネット、政府や企業の透明性・説明責任などなど、いろんな問題に関わるウィキリークスという現象を議論することはとても大事だと思うので、出版業界も注目しているということは良い傾向だと思います。
多くの人がこういった問題に関心を持てば、企業や政府も「今までみたいにウカウカしてられないな〜。」と思ってマシな経営、マシな政治を始めるかもしれません(てか、それがそもそものウィキリークスの目的)。

そんな中、講談社の青木様より『ウィキリークス WikiLeaks アサンジの戦争』([著]『ガーディアン』特命取材チーム/デヴィット・リー、ルークハーディング[訳]月沢 李歌子、島田楓子)をご恵投たまわりました。
犬にくれるなんて、進歩的!多謝!(ルドルフとイッパイアッテナにも教えてあげなくちゃ!)
この本は英ガーディアン紙の視点からウィキリークスやそのリーク内容、共同作業の過程が描かれています。
ガーディアン紙は、アフガニスタンやイラクの戦争記録(War Log)や米外交公電の資料をあらかじめウィキリークスから手に入れ、独自の分析をしてきていて、英国内のメディアではウィキリークスともっともつながりの深い新聞。
(ガーデイアンのオンライン・本屋さんのページ→ WIKILEAKS: Inside Julian Assange's War on Secrecy

本当の「書評」を書くのは本一冊書くのと同じくらい難しいので、以下はあくまで「読書感想文」です。

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まず、個人的には正直、ちょっとガッカリ。すでに知っている情報が多かったから。
とりわけ英語圏の関心ある読者にとってはそうだと思う。

そうは言っても、日本語になっていなかった「舞台裏」の話は多いし、あまり日本語のメディアで報道されなかった公電についての言及もかなりある。そういった意味では、ガーディアンがこの本を書いたことより、この本が日本語に翻訳された意義の方がむしろ大きいと思う。
出典もガーディアンだけでなく他紙の記事やドキュメンタリーなどいろいろで(だから参考文献が欲しかった!)、今までの経緯のまとめという点で有難い一冊。
ストーリー自体が面白いから、エンターテイメント性も高い(でも、たま〜に話が重複したり、脈略なく関係ない話がいきなり出てきたりするのはちょっと読みづらい…)。

私がこの本を読みたかった一番の理由は、ガーディアン紙とウィキリークスとの間に起きた亀裂について知りたかったから。
具体的に言えば、シュピーゲルも含め大手メディアとウィキリークスとの間に交わされた報道協定について、それからその亀裂は現在どのように報道に影響しているのか。

過去の記事などを読むと、両者とも相手が協定を破ったと主張していて、これは協定の内容が明確にならない限り水かけ論だな〜、と。
なので、本書で報道開始日時以外の協定内容が明らかにされ、個々の読者が両者の言い分をより公平にジャッジできるようになる、と私は期待していた。
しかし、「これが協定内容だっ!」といった感じで出ることは最後までなかった。
もしかして協定内容は秘密にしておくということが協定に含まれてるとかだったりして…(それではまるで米国流の箝口令ではないですか!)。
真相は未だ分かず。
ちなみに、ガーディアンの公電編集が偏向しているという指摘が、ロシアのプラウダ紙によってなされている(Whom do The New York Times and The Guardian work for?)。
プラウダ紙がどういう新聞かということを考慮するとしても、具体的な公電に指摘が及んでいるこの記事は要検討。

報道協定の内容だけでなく、いくつかのことが説明不足のように感じた。急いで書いたんだから、仕方ないんだろうけど…。
例えば、ウィキリークスが使っている暗号技術の話がちょっとおざなりな感じ。
書くならもうちょっと読者に分かるような書き方をした方がいいのかなーと。
暗号技術について書かないなら書かないで、成立させる書き方もできるような。
あと、人物相関図とか年表とかがあったらよかったかも。
特に日本の読者にとってはカタカナの登場人物がこれだけ出てきたら、混乱する気がする。
脇役(?)も面白い人たちが多いので、ひとりひとりの背景をもう少し詳しく書けば読みやすくなったような(私のお気に入りは、ちょっとしか出てこないけどオランダのハッカー、ロップ・ゴングリップ。なんかこの人とは友達になってみたい。本書には書かれてないけど、自由なISP作ったり、すごいことやってる人なのに、偉ぶってないし、自分は「臆病者だ」と認めてるところは親近感持ってしまう)。

スウェーデン・ラジオ(Sveriges radio)はWikiLeaks特設ページに年表があり、関連記事がリンクされている。これは、すごく親切。こういうのがあると良かった。

逆に言えば、ウィキリークスの本当の資本は、描写しきれないほど沢山の「協力者」たちなのだということだと思う。
協力者は政治家からハッカー、記者、そしてもちろん一番大事な内部告発者と多岐に渡り、ウィキリークスという現象自体が不可避的にいろんな分野に影響を及ぼしていることも示している。
プレイヤーが多様になると、利害の対立も起きてくるだろうけど、それって同時に監視の目が増えることにもなるわけで、いかさまも難しくなるかもしれない(談合がしづらい)。

本書の魅力は、ガーディアン内部での緊張感やわくわく感が伝わってくるところ。
時に、正直で、とても人間味あふれる書き方。ところどころで「既存の大手メディアだってこれだけ大事な役割を果たしてる」とか、「WL前から他メディアと協力する伝統はある」という主張が織り込まれているのはご愛嬌(ま、実際そうだし)。
意外にも、アサンジのことをそこまでけなした書き方でもなかったのも、なんかホッとした。
それから、記者たちが慣れないセキュリティ対策にわくわくしたり、四苦八苦してるところが妙に可愛らしいかった(笑)。

最後に、翻訳業界の慣行をまったく知らない者としてのつぶやき。
原書でイントロダクション(序文)になっているところをエピローグに変えてしまうのは、ちょっとどうかと…。
せめて、どうして構成を変えたのかという意図を説明した一言を添えるとか。
自分の論文が要約された時、構成を変えられたという苦い経験もあるので、筆者を尊重するなら構成をそのままにするべきだと思う。

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ソーシャル・メディアの登場によってネット上での情報の流れが加速する中、「ウィキリークス」という現象をきちんと1冊の本という形で記録しておくことは非常に大事だと思います。
なんだかんだ言って、本書がこの現象を理解するための数少ない参考文献であることは間違いないです。
少しでも多くの人に読まれ、建設的な議論に発展することを願っています。